をびや許しについて
もともとは教祖のをびやためしから をびや許しが渡されるようになる13年前の天保12年(1841)、教祖44才のとき妊娠7カ月目の夜に流産されます。 その流産のあとに頭痛を催しますが、夜が明けてから、汚れた布類をご自分で三...
をびやについてもともとは教祖のをびやためしから をびや許しが渡されるようになる13年前の天保12年(1841)、教祖44才のとき妊娠7カ月目の夜に流産されます。 その流産のあとに頭痛を催しますが、夜が明けてから、汚れた布類をご自分で三...
おさづけについて一れつの人間が可愛い故、人間の成人を促されるため、教祖(おやさま)は現身を隠されました。 さらに、人間の救済をお急き込みになられた上から、教祖は存命のままお働きくださり、これから先も「おさづけの理」をお渡しくださることに...
本席についてみなさん。こんにちは。 いつも「すがけんの天理教のみかた」をご覧いただきありがとうございます。 今回は飯降伊蔵先生の逸話を中心に「親切」ということについて、さらに掘り下げて考えたいと思います。 ※前回取り上げたお道の親切...
本席についてみなさん。こんにちは。すがけんです。 前回の投稿 は、思いがけないシェアもありまして、なんと!1000人以上!(1月28日までに)の方に閲覧していただけたようです。 読者の皆様ありがとうございました。 これからも当ブログ...
本席について飯降伊蔵先生は神様に好かれた誠の人であったと伝えられます。 ※飯降伊蔵先生がどのような人物であったかについては以下のページをご参照ください。 今回は、飯降伊蔵先生の信仰生活に焦点をあて、いくつかの逸話をもとにして、「物を...
本席についてなんだか論文のようなタイトルになっちゃいましたけど、 もう少し、本席について勉強したいと思います。 飯降伊蔵先生が本席という立場に立たれた経緯については以下を参照してください、 今回はもう少し本席という立場について学ばせ...
天理教史お道における最初のふしんに際して起こった「大和神社のふし」についてふれたいと思います。 まずは『稿本天理教教祖伝』では以下のように記されています。 稿本天理教教祖伝 第四章つとめ場所 元治元年六月二十五日、飯降伊蔵が、初...
本席について前回、飯降伊蔵先生が「本席」という立場に立たれた所以は、おやしきに伏せ込まれたことを神様はお受け取りになったからということが明らかになりました。 ※詳しくは以下参照 そこで今回は、 伏せ込みについて、飯降伊蔵先生は入信か...
本席について教祖がお姿をお隠しになったとき 明治20年(1887)陰暦正月26日、教祖(おやさま)が現身をかくされたときの模様は『稿本天理教教祖伝』※にこのように記されています。 ※稿本天理教教祖伝については以下を参照してください。...
原典についてこれまで「おさしづ」については、教祖の御口を通して示された神様の言葉であると述べてきました。しかし「おさしづ」全七巻に収められている神様のお言葉のほとんどは、飯降伊蔵先生のお口からでたお言葉です。 ※飯降伊蔵先生 肖像画...
原典について前回から引き続いて「おさしづ」について学ばせていただきます。 「おさしづ」は書き取ることを求められた。 「おさしづ」は教祖(おやさま)が現身を隠された後、本席になられた飯降伊蔵先生が取り次がれるようになられます。そして飯...
ひながたについて教祖は誠であった 誠について 宮森与三郎という先人は、 「誠というものは心と口と行いと三つそろはにゃ誠や御座いません、誠の話をするくらひの人は世界を探してごらん、竹杷(さらい)でかき集めるほどある、いくら誠なことを言うて...
ひながたについてひながたを学ぶ 主要テキスト 教祖(おやさま)のひながたを学ぶうえで欠かすことができないのが 『稿本天理教教祖伝』と『稿本天理教教祖伝逸話篇』です。 ①『稿本天理教教祖伝』 ・よみ「こうほんてんりきょうきょうそでん」 ・...