誠より堅き長きものは無いについて ~おかきさげを読む~

「おかきさげ」を読む第7弾‼‼‼
前回に引き続き「誠」について、さらに理解を深めていきたいと思います。
※前回をまだご覧になっていないかたはこちらをどうぞ

誠について ~おかきさげを読む~

2018年7月16日

誠の心とは

さて、今回取り上げる部分は、

「誠の心と言えば、一寸には弱いように皆思うなれど、誠より堅き長きものは無い。」

「おかきさげ」

です。どうぞ宜しくお願いいたします。

今回、取り上げる「おかきさげ」はシンプルにいうと、
誠の心とはちょっと弱いように皆思うけれど、誠より堅き長きものはないよという意味です。
それでは、細かく分けてみていきましょう。

 

「誠はちょっと弱い」の意味

世間には、今さえ良ければよいという考えや、さらには自分さえ良ければ他人はどうなってもよいと考える人たちがおられます。
そういった、いわば自己中心的な考え方の人たちにとってみれば、誠とはとても弱いように思われるという意味です。

前回、誠とは人をたすけることであると確認しましたが、より具体的な誠の通り方について、『信者の栞』「誠真実」という節に詳しく説かれていますので、参考に挙げたいと思います。

「誠真実」

「誠真実というは、たヾ、正直にさえして、自分だけ慎んでいれば、それでよい、というわけのものじゃありません。誠の理を、日々に働かしていくという、働きがなくては、真実とは申せません。そこで、たすけ一条とも、聞かせられます。互い立て合い、扶け合いが、第一でございますによって、少しでも、人のよいよう、喜ぶよう、救るように、心を働かしていかねばなりません。そこで八つのほこりも、わが心につけんばかりでなく、人にもこのほこりをつけさせぬように、せにゃなりません。まず己がほしいものならば、人もほしいにちがいない。人にほしいという、ほこりをつけさせまいと思えば、わがものもわけさして頂くようにし、一つのものは半分わけても、ほしいのほこりを、つけさせぬようにするのが、真実、誠のはたらきです。〈中略〉」

『信者の栞』29-30頁

と教えられます。先人は、日々に人が良いように、喜ぶように、助かるように心を働かせることを誠と教えられていたようです

この教えを世間の考えから見たときに、ちょっと弱いように見られてしまう。
そのことを神様は仰せられているということです。

誠より堅き長きものはない

世間には、我がままなふるまいをして、人の上に立っている人たちがおられます。
その一方で、人のたすかりの為にコツコツ頑張っている人が、コミュニティの片隅に追いやられているシーンを目にすることがあります。
しかし、長い目で見れば決してそんなことはなく、我がままなふるまいをしている人が、未来永劫に繁栄し続けるということはないのです。
神様は、日々常に誠を積み重ねて通れば、堅く長きにわたって神様に守られて過ごすことが出来ると仰せられるのです。

もう一つの「堅き長き」の理解として、、、

また「堅き長き」という言葉には、定めたことを、いつまでも変わらないように、という意味も込められていると思います。
成果を当てにせず、自らの心で定めたことを続けていく中に、自由自在の御守護を頂くことができると理解することもできますね。

 

まとめ

教祖のお姿がみえた頃、「肥のさづけ」を頂かれた先人は、

こへやとてなにがきくとハをもうなよ
心のまことしんぢつがきく

「おふでさき」四-51

と述べられ、肥そのものが農作物に効くのではなく、肥のさづけをいただいた人の心の誠が農作物の成長に働きかけるといわれます。

さらに「おさしづ」では、

「何も御供効くやない、心の理が効くのや。」

「おさしづ」明治三十五年七月二十三日

と、御供そのものが効いているのではなく、御供を渡す者、御供をいただく人の心の理(人をたすける心)があるかどうかによって、効能が左右されると仰せられています。

世間では弱くて損にみられがちな誠ですが、自由自在の御守護を頂戴できるのは誠という心の理にあると仰せられるのです。

 

今回はここまで、最後までお読みいただきましてありがとうございました。