飯降伊蔵が本席になった決め手
教祖がお姿をお隠しになったとき 明治20年(1887)陰暦正月26日、教祖(おやさま)が現身をかくされたときの模様は『稿本天理教教祖伝』※にこのように記されています。 ※稿本天理教教祖伝については以下を参照してください。...
本席について教祖がお姿をお隠しになったとき 明治20年(1887)陰暦正月26日、教祖(おやさま)が現身をかくされたときの模様は『稿本天理教教祖伝』※にこのように記されています。 ※稿本天理教教祖伝については以下を参照してください。...
原典についてこれまで「おさしづ」については、教祖の御口を通して示された神様の言葉であると述べてきました。しかし「おさしづ」全七巻に収められている神様のお言葉のほとんどは、飯降伊蔵先生のお口からでたお言葉です。 ※飯降伊蔵先生 肖像画...
原典について前回から引き続いて「おさしづ」について学ばせていただきます。 「おさしづ」は書き取ることを求められた。 「おさしづ」は教祖(おやさま)が現身を隠された後、本席になられた飯降伊蔵先生が取り次がれるようになられます。そして飯...
原典について原典シリーズが続いていますが、 読者のなかには少し面白くないと感じておられる方も多いのではないでしょうか。私としては、早く終えさせていただきたいと思ってはいます。はい!ホントです。 しかし、 皆さんは原典である「おふでさ...
おつとめについて前回に引き続き「みかぐらうた」をとりあげながら、教祖(おやさま)がどのようにして「おつとめ」をお教えくだされたのかをみていくことにします。今回は明治3年から15年までの時代をみつめたいと思います。 明治3年「ちよとはなし...
おつとめについて「みかぐらうた」は教祖が自らおつくりになられたもので、世界中の人間をたすける道として教えられた「おつとめ」の地歌です。 今回は「みかぐらうた」をとりあげながら、教祖がどのようにして「おつとめ」をお教えくだされたのかをみて...
原典について「理の歌」とは、 教祖(おやさま)は、 「これは、理の歌や。理に合わせて踊るのやで。たゞ踊るのではない、理を振るのや。」 (『稿本天理教教祖伝』95頁) と仰せられます。 「理の歌」とは、教祖によってお教えいただいた「み...
原典について『みかぐらうた』の成立と構成について 『おふでさき』よりも以前にお教えいただいていたのが「おつとめ」であります。そしてこの「おつとめ」の地歌が『みかぐらうた』とお教えいただきます。 『稿本天理教教祖伝』には 「かぐらとて...
原典について昭和3年『おふでさき』公刊後 昭和3年『おふでさき』が公刊されてのち、教祖(おやさま)五十年祭(昭和11年)、立教百年祭(昭和12年)という両年祭記念として、教祖直筆のお筆による、変体がなの『おふでさき』が教会に下付され...
原典について公刊までの道のり 教祖(おやさま)がお残しになられた『おふでさき』ですが、 私たちの目にふれるようになるのは、教祖が執筆され始めてから約60年たってからになります。 明治16年のふし ここまで公刊するまでに時間がかかって...
原典について「おふでさきの目的」 『おふでさき』は明治2年(1869)から明治15年に、教祖(おやさま)が72才から85才にわたって、自らで筆を持ちお書きくださった書物です。 これはもともと17冊に分けて綴られていたわけですが、現在...
原典について原典とは? 天理教では、教えの元となる書物を「原典」と呼んでいます。 一般の辞書をひきますと 「げんてん(原典) 引用・翻訳・改作などのもとになった書物。「-にあたる」」 『大辞林』三省堂 と説明をしています。 原典とい...
ひのきしんについてひのきしんとは「日」の「寄進」 ひのきしんとは日々に寄進するという意味で、なにごとも神様に生かされて生きている感謝と喜びのこころを神様に捧げるおこないのことです。 時間、場所、方法が決められている祭儀とはことなり、日々に...
陽気ぐらしについて夫婦そろってひのきしん、これが陽気ぐらしの始まりや 「天理教教典」に 「ふうふそろうてひのきしん これがだいゝちものだねや(十一下り目二ツ)〈中略〉夫婦共々に心を揃え、日々ひのきしんに勇むところ、一入(ひとしお)そのむつ...
陽気ぐらしについて『おふでさき』で語られる「陽気ぐらし」について 『おふでさき』では陽気ぐらしについて 「月日にわにんけんはじめかけたのわ よふきゆさんがみたいゆへから」 『おふでさき』14号25 「よふきゆさん」という言葉で語られていま...
陽気ぐらしについて立教の目的 天保9年(1838年)10月26日(陰暦)に天理教は始まりました。 そして現在、教えが始まって180年たち、教えが始まった紀元※として「立教」という言葉を採用しています。だから、私たちは立教180年といいます...